歌舞伎俳優の中村勘三郎さん死去について

歌舞伎俳優の中村勘三郎さん死去、

全国各紙の報道要旨をお伝えします。



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歌舞伎俳優


中村勘三郎(なかむらかんざぶろう)

<プロフィール>

1959年歌舞伎座「昔噺桃太郎」五代目中村勘九郎の名で初舞台

1994年コクーン歌舞伎「東海道四谷怪談」初出演

2000年平成中村座 初演



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2004年平成中村座ニューヨーク公演


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2005年歌舞伎座「一條大蔵譚」で十八代目中村勘三郎を襲名

2008年紫綬褒章 受賞


数々の名誉ある賞を受賞し、歌舞伎以外にも多くの舞台やテレビで活躍していた



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食道がん公表、療養中の中村勘三郎さんが、本日未明に他界しました。


死去した中村勘三郎さん

人気歌舞伎俳優で、テレビドラマや現代劇でも活躍していた

中村勘三郎(なかむら・かんざぶろう、本名波野哲明=なみの・のりあき)さんが

5日午前2時33分、急性呼吸窮迫症候群のため東京都文京区の病院で死去した。

57歳。東京都出身。葬儀・告別式の日取り、喪主などは未定。

6月に食道がんであることを公表し、手術を受け、療養中だった。



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中村勘三郎さんの生前インタビューでの歌舞伎に対する

思いを語っています…、ご逝去を偲び哀悼の誠を捧げます。

 


―原点回帰―



常識を覆すダイナミックな演目と迫真の演技で、観客を魅了し続けている

勘三郎さん。伝統を守りながら、時代を意識した斬新な演出を取り入れたり、

常に現代の歌舞伎界を牽引しています。歌舞伎本来の姿を知って楽しん

でもらいたいと始めた、平成中村座に込める想いとは…



「歌舞伎は、今でこそ伝統に守られていますが、もともとは、庶民の娯楽。

平成中村座は、伝統を打ち破るというよりは、古典をやることへの挑戦。

歌舞伎のための歌舞伎の小屋を作りたかったんです。お客様の反応を

肌で感じられるような…打てば響く距離感とか…むせかえるような熱気

があるような…。距離が近いと、お客様とのキャッチボールができるし、

役者同士の呼吸も合うし、歩く寸法だって、ちょうど良い。歌舞伎本来の姿

に戻すというか、江戸時代に返れるような…ここは、原点回帰ですね。」


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―平成を楽しむ古典―



しかし、ただ古典そのままを上演するだけではなく、平成という時代

に合った活気あふれる趣向を取り入れたり、季節や土地柄を感じられたり、

様々な演出が楽しめるようになっています。



「芝居のセットが開いて、実際の外の景色を登場させるのですが、

大阪だったら大阪城、名古屋だったら名古屋城とか場所によって変わったり、

満開の桜をそのままお見せしたり、スカイツリーが登場したり…お客様も、

小屋に入って、見ているお芝居は非日常だけど、生きているのは平成な訳です

から…。そこは、今の時代に楽しめるものが一番だと思うんです。何より、

役者だけではなく、芝居小屋を盛り立てようとしている大道具や関わっている裏方、

そしてお客様…みんなで芝居を作って、みんなで観る…そういう気迫と温かさは、

江戸時代に勝っていると思ってますよ。」


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「歌舞伎が滅びずに、何百年と続くためにどうするべきか…博物館のように残る

のではなく、ずっとワクワクできるものだと良いですね。江戸時代の作家を連れて

来られたら面白いですが、それは無理ですから…外国人の優秀な演出家に演出

をしてもらいたい。彼らの目から、歌舞伎がどう見えているか…知りたいです。」



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"諦めないこと"

「真剣にやる!という意思と、ぐっとした覚悟みたいなものがないとダメだ

と思います。目標や夢に限らず、スポーツだったら勝てるとか、病気だっ

たら治るとか…自分で理想をもって、本気で出来ると信じて絶対

にあきらめないことが大事。」



謹んでご冥福をお祈り申し上げます。






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